生きづらい人に向けた可愛い本、作りました。買ってください!

(約5700文字)
はてなのみなさま、ご無沙汰してます。
私のことを覚えてらっしゃらない方と知らないという方がほとんどだと思うので、あらためまして、肉qと申します。精神科医のはしくれでございます。
2022年くらいに、はてなを後にし、某読書系コミュニティに潜伏しておりました。今も潜伏中でございます。なぜ、はてなを去ったかというと、2つほど理由がありました。
1つは、ゴロニャ禍の時に、なんの気なく書いたブログがバズったこと。あの時の恐怖といったら、今も鮮明に思い出します。ブログの閲覧数が1、2日で万単位に増えました。スマートニュースとヤフーニュースのせいです。こんなことが起こると思わなかったので、おもくそ行政の悪口を書き連ねました。私、2つの病院で働いてるんですが、あっさりと両方の病院に身バレしまして、「SNSは控えてね」と言われました。載せるんなら事前に言ってよ!こっちは目立ちたくないから、タイトルも超テキトーなのを付けてるのに。そんなわけで、しばらく身バレの必要のないところに身を置きたかったんです。
もう一つは、読書習慣をつけたかったから。2019年頃にロンドンでオープンダイヤローグという対話療法を学んだのですが、シャイな日本人に対話療法はちょっとハードル高いな…読書療法なら、まだ日本人になじめるかも。そう思ったのだけど、まず自分が本読まないから、とりあえず読書系コミュニティに入ってみようと、はてなから読書系コミュニティに移ったわけです。
そんで、本を読むようになったかって?それが、全く笑。
その後私が何をしていたか。興味ないとは思いますが、せっかくだからお付き合いください。
以前から常々、人々が自死を選ぶほどの世の中の生きづらさをどうにかしたい、という思いがありました。
そんな時、長年日本の自死について調べておられた、とある偉大な精神科医が、自死の原因としては、人によって様々ではあっても結局は「孤独」と「お荷物感」に集約される、みたいなことをおっしゃってたので、私は「そうか。じゃあ、孤独を解消できるような居場所作りをしよう!」と思ったんですね。
そしたら、偶然リフォーム済みの手頃な古民家が見つかったので、勢いで買いました。


ところが賢い友人から、「住居兼居場所」だと、プライバシーやセキュリティ上の問題がある、との指摘を受けたんですね。
では、「居場所」は、別にカフェやバーのようなところにしよう、と思ったわけです。実現まで時間がかかるので、まず、オンライン上にでも「居場所」が作れないか、と思い、youtube の投稿欄なら無料ですぐに始められるな…と、2023年11月から、オンライン上の日記コミュニティ「みんなでてげてげ日記」が爆誕したのです。

その後のことは、👇の動画スクリプトをご参照ください🐾
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ご存知の方もおられると思いますが、私のこのてげてげ塾のチャンネルの投稿欄で、細々と続いていました「みんなでてげてげ日記が、この夏に本になります!」

本の説明をする前に、ご存知のない方のために、「みんなでてげてげ日記」とは何かと言うことを説明しますね。
これはですね、私肉qと、このチャンネルの視聴者さん達とで毎日日記を書いて、ゆるくつながり交流するという、たった、それだけのコミュニティです。もちろん無料です。
生きづらさを抱えておられる方々で、他人を故意に傷つけようとしない人であれば、どなたでも参加できます。逆に、特に生きづらさのない方々からの書き込みは遠慮していただいています。
実は、ここが他のSNSとの最大の違いです。
誹謗中傷をして人を傷つけようとする人たちはもちろん論外ですが、そういう人たちじゃなくても、インスタなどで見かけるキラキラとしたリア充的な日常を、ご本人は見せびらかしてるつもりはないかもしれませんが、そういった内容をしょっちゅう書き込んでいるような方々がおられると、生きづらさを抱えている方々が自分の境遇と比べて辛くなってしまうので、悪気がない方々であっても、やはり生きづらい方専用とさせていただいています。
具体的にすることは、毎日夜の9時に私が投稿欄に日記を書き込みます。その日記のコメント欄に視聴者さんたちがその日の日記を書き込みます。
日記は、その日の気分で1行でも良いし、たくさん書いても差し支えありません。ただし、普通のSNSと違って、ここのコミュニティならではの決まり事がいくつかあります。
ここのコミュニティでは、ネガティブなことや愚痴であっても心のままに書いていただいています。自分の心に嘘をついて、ポジティブなことだけを書いても、精神的に良いとは思えませんからね。
ただ、他の方にとって過去のトラウマを呼び起こしてしまいそうなレベルのやや衝撃的な内容をどうしても書いてしまいたいと言うときには、閲覧注意マークをつけて、何度かスクロールしないとすぐには見られないような場所から書いていただくようにしています。そうすることで、辛かったことを書いて心の整理をしたい方も、他の方の辛い文章を読みたくない方も、そのどちらの立場も尊重することができます。
こうして、孤独や不安を感じている各地にお住まいの方々が、安心して居場所を持つことを目的とした、オンライン上の日記コミュニティ「みんなでてげてげ日記」、2023年の11月に始まり、今で2年半ほど、1日も休まずに続いています。
この、私と常時数人が書き込みをしてくださっている日記が本になったといっても、皆さんちょっとぴんとこないと思います。
実際に、日記を書いてくださっている方の日記は、YouTubeの投稿欄から見ることができますが、日記投稿者の方々が日々書いてくださっているのは、一見すると、ごく普通の日記です。これをチラッと見たところで、この本を買ってまで読みたいとは思わないと思います。というのも、これは作家の書いた文章でもなければ、書籍化することが前提になっている、人に読んでもらうことを前提とした文章ではないからです。
それでもこの本は、「精神疾患を抱えたかわいそうな人たちが書いたんだから、買ってあげて!」なんて、人の同情を買うことを目的とした本ではないのです。
私も、最初から書籍化を考えたわけではなかったんです。ところが、日記投稿者の方々とやりとりを日々重ねていくと、時々はっとするような素晴らしい内容に出会うことがあります。
普通に生きていたら、到底思いつかないような気づきであったり、悲しみや辛さを抱えて生きていく中で、おそらく研ぎ澄まされた心が反映された、綺麗事とは対極にある、リアルな美しい言葉の数々、これは私にはもちろん書けませんし、AIにも書けないと思います。本当に皆さんにも読んでほしいと思うような内容が、たくさんたくさんありました。
ところが、残念なことに、このみなさんの日記はYouTubeチャンネルの投稿欄のコメント欄に書いていただいているという性質上、ブログのように、過去のものを気軽に検索して、読み返すことができないんですね。まぁ無料で使っているので、文句言えた義理ではありませんが、それでもなんだかもったいないなぁ…あの言葉すごくよかったのになぁ。
そんなことを、たまたま、現在フリーの編集者をしている友人に何気なく話したところ、「本にしましょ!」と言ってくれて、あれよあれよと、デザインや編集や広報・マーケティングなど、それぞれ専門分野を持っている友人が5人集まりました。
でも、どうなんだろう。あんなプロの技術を持つ友人たちが、友人のよしみで、無名の精神科医と、作家でも何でもない精神科疾患を持つ方々で書いた文章を本と言う形にするというアイディアに、首を縦に振るかなぁ。彼らに、私が本にするために選んだ日記投稿者の方々の文章を見せるときは、ドキドキしました。
私がとても良い文章だと思って選んだ文章でも、それはもしかしたら私が彼らと日記のやりとりを重ねる日々の中で、少しずつ彼らに好意を持ったゆえに、身内のひいき目のようなものが混じってて、実際は私が思うほど素晴らしい文章じゃないのかもしれない。
ところが、そんな心配は無用でした。彼らの文章を読んだ5人全員が、そのプロジェクトから下りると言わなかったんです。読んでいて、涙が出たと言う人もいました。
このように、書籍化の動機の1つには、彼らの普段の日記の中から、おそらく意図せず現れる、彼らならではのはっとさせられる文章を何らかの形で残しておきたいというものがありました。
他の動機や目的としては、日記投稿者の方々に、日々の頑張りを形にしてプレゼントしたいと言う気持ちもありましたし、自己肯定感や自己効力感を失いがちな彼らに、社会貢献の片棒を担いでもらって、少しでも自信を持ってもらえたらいいなという思いもあります。
それから、同じように1人で孤独や不安を抱えて、生きづらく過ごしている誰かに届いて「こんなことを考えてるのは、自分だけじゃないんだ」と少しでも気持ちが軽くなり、何か行動を起こす勇気思ってもらえたら良いなと思います。
精神疾患のご家族を抱えた方に向けても、精神疾患の支援をする方々に向けても、普段は当たり障りのない話しかしていない患者さんが、本当はどんなことをどんなふうに考えて日々を過ごしているのか、どうして彼は彼女は怒ってしまったんだろう。傷ついてしまったんだろう。そんなことが知りたい方々にも読んでもらって、良かれと思って一方的に行動するところから、彼らの思いを汲んで寄り添うということができるようになっていただけたらいいなと思います。
そんなこと言って私自身がまだまだできていないのですが。
そして、この本が精神科疾患の方々への誤解や偏見を正す助けになればいいなと思っています。
ドラマや映画などで、派手な症状ばかりをフォーカスされやすい統合失調症、事件が起こると「犯人は引きこもりだった」などという情報を流すテレビニュース…。特に、昨今は、YouTubeなどインプレッションを稼ぐために、ショッキングな側面ばかりを強調していますが、こうした風潮が、どれだけ精神科疾患の方々の心を傷つけ、偏見を生んできたか。いつも腹立たしく思っています。
日記投稿者には、統合失調症の方が私の把握する限り3、4人いらっしゃいます。症状に悩まされつつも、お仕事を頑張ったり、花を育てたり、ピアノを頑張ったりと、世間の偏ったなイメージとは全く違った、等身大の親しみやすい素敵な人柄が読み取れます。
こうして、本の書籍化に向けてのプロジェクトがスタートしたわけですが、私は次の点だけ方向性を確認しました。
この書籍化は、たくさん売れることを目的にはしていません。あくまで日記投稿者の思いを大切にして、センセーショナルな売り方、感動ポルノのようなものにはしない。この点を日記製作委員会の方々と共有しました。
そうそう、いまさらですが、「みんなでてげてげ日記」の「てげてげ」とは鹿児島弁で「テキトー、いい加減」という意味です。精神疾患を持つ方々には、もっと力を抜いてゆるく生きていけるように、という思いが込められています。そして、私が他でもない、てげてげな人間です。
ところが驚いたことに、てげてげ日記製作委員会の彼ら、みんなてげてげじゃないんです。フォントの大きさ、幅、色、挿絵の位置、文字数、…連日、とても細々としたことを、誰も妥協を許さず、徹底的に話し合っています。私はよく意見を求められますが、そもそもがテキトー人間なので、「どっちもそんなに変わらない気がするけど…」と、実はいつもちょっと返事に困っています。ものを作るプロの仕事ってすごいんだなと改めて驚きました。
本の装丁等の見た目だけにこだわるのでなく、日記の内容、その時どんな気持ちだったんだろうと思いを馳せたりして、それに応じて挿絵を変えたり、本当に手抜きがないんです。
たとえば、この本の挿絵担当者の絵に、可愛らしいかっぱちゃんや1つ目ちゃんがいます。これらの絵も、
「肉q先生のところにくる患者さん」として挿絵に使うの良いかも、という案があったのですが、このようなキャラを使うことで、もしかしたら容姿をからかわれ、いじめられた人がそういうことを連想してしまうかもしれない、という考えが上がり、没になりました。ここまで皆さんのことを考えてくれる製作者が他にいるでしょうか?私は、とても素晴らしい本ができたと思います。

さて、この本は今for good! というところでクラウドファンディングを6月10日までしています。できたら、そこで本を買ってくださったら嬉しいですが、お金がないという方も、「いいね!」だけでも応援になってありがたいです。日記投稿者の方々には無料でお送りする予定です。皆さん楽しみにしててくださいね!

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…というわけですので、クラファンのリンクを張っておきます。本買って頂けたら涙を流して喜びますが、「いいね!」で応援だけでもありがたいです!
https://for-good.net/search/all?keyword=%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB&order=Attention
ちなみに、このブログでちらほら見かける可愛い挿絵は、本の中にふんだんに出てきます。それだけでも一見の価値ありですよ!
「虐げられたしいたけ」でおなじみのわっとさんが、以前、日本各地の図書館に寄贈行脚をされておられたように、私も時間が許す限り寄贈行脚をしようかな。ついでに各地の温泉を巡りつつ。わっとさん、図書館寄贈のノウハウあれば教えてください。

お久しぶりです!肉qです🐾がにょんがにょん

(約4300字)
ごぶさたをしております。
といっても私を知ってる方まだいらっしゃるかな…
いなかったのたった1、2年くらいだけど、もう10年ぐらいいなかったような感じがします。
たいてい長く消息がなかった身内がひょっこり家に帰って来る時は、金の無心などと相場が決まっているもので…私は金の無心に帰ってきたわけじゃないけど、こうして久々にブログを出すと言う事は何かあるなと身構える方々、正しい防衛本能です!
疲れたので、「ですます調」から「である調」に戻すことにする。
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最近、ピアノ動画を再開することにした。
今回、放置していたピアノ動画のyoutubeを活性化させようと思ったのには、次のようないきさつがあった。
今から数か月くらい前のこと、物価の高騰で学校給食のメニューが減少し、量も半分になっているという現状と問題の写真を見た。

参考になるかわからないが、うちの病院の病院食も載せておく。

これは自分が子供の頃の給食とえらい違いだ。うちの病院食よりもずっと少ない量の給食を食べているのは、食べ盛り育ちざかりの子供たちで、体育や部活動などエネルギーを消費する活動も大人より多い。自分が若い頃は、よく学校帰りに夕食前にお好み焼き屋に寄ったり、親子丼とうどんのセットなどを飲み物のように吸い上げていた。そんな食べ盛りの子供があんな給食の量じゃ、とうてい夕ご飯までお腹が持たないだろう。
それでも、足りないぶんを、おにぎりやバナナなど、家から持たせてくれるような家庭ならまだましで、問題はかつかつの暮らしをしているひとり親の家庭などだ。多くのひとり親、特にシングルマザーが非正規雇用に甘んじるしかなく、生活保護より少しだけ多い稼ぎがあったとしても、安定してもらえる生活保護費とちがい、非正規雇用は子供が病気になって仕事を休めば当然そのぶんの稼ぎはない。急に首を切られるリスクもある。そんな過酷な生活をしている家族にとっては、学校給食が頼りの綱なのに、これではまともな栄養が取れない。
そんなときひとり親家庭に食品支援をしている某NPO法人をみつけた。某NPO法人については、検索ワードに「怪しい」「詐欺」などの言葉があった。でも実際に調べてみると、会計報告もしっかりしており特に怪しい印象ではなかった。
そもそも本当に詐欺だったら、「私、食品支援を申請したのに難癖をつけられ食品もらえなかった!」とXあたりでつぶやく人達が多くいてもおかしくないんじゃないかな。疑ってばかりで行動しないよりは、行動してみて間違ってたら軌道修正すればよいと思っている。もし詐欺だったら、次々と金を巻き上げていこうとするだろうから、すぐわかるだろう。
よく知られている団体ではなく新しい団体に寄付をする時にはいつも「怪しいなぁ。ピンハネとかしてないかなぁ…」などと考えてしまうが、自分で行動したくても限度があるので、多少のピンハネくらいはあったとしてもよしと割り切っている。実際に活動してくれる人たちの存在はありがたいので、偉そうな批判ばかりして何も行動しない人などよりはよいと思っている。
ちなみにこの食品支援の申請は、生活保護の方は対象外となっている。生活保護の方からは不満も出るかもしれないが、生活保護を受けたくても、窓口で「親族がおられる人は親族に頼って下さい」と言われ、虐待をする親やDV夫から逃げている母子が泣く泣く申請をあきらめるというケースもあるため、この支援団体は制度の谷間で苦しんでいる人達を対象にしているという意味でも応援したいと思っている。
もうひとつ私がこの支援団体を推すのは、支援内容が金銭じゃなく食品だからである。金銭を渡すと酒やギャンブルですぐに溶かしてしまう人達があまりに多く、肝心の子供のお腹が満たされない可能性がある。
「魚ではなく魚の釣り方を与えた方が良い」と言う考え方もあるとは思うけど、まず十分に栄養が行き渡らなければそこまで建設的に考えることすらできないからね。
そういうわけで、このNPOを継続的に支援することにしたのだ。さて、いったいここからピアノとどう繋がるのか…。
ところで、私にはもうひとつ最近気になっていることがあった。職業柄、精神科疾患の方と交流があるのだけど、なかにものすごく自己肯定感が低い方がおられる。働きすぎから精神に不調をきたして今は専業主婦をしておられる方が、ちゃんと家事も子育てもしているのに、外で働いていないことに引け目を感じて「自分は何も生産的なことをしていない、人の役に立ってない」と頑なに思い込んで、こんな自分が生きている価値があるのか、と悩んでしまう。
こういう方が精神科の患者さんに一定数いる。病気ゆえに働いていないと「社会のお荷物」と感じてしまって生きづらい。この問題についても「お金を稼ぐ人が偉いわけではなく、いてくれるだけでうれしいと思うものですよ」などと話したところで、なかなか気持ちが楽になったりはしない。
そういう人達が、仕事というかたちではなくても「自分が少しでも困っている人の役に立っているのだ」と思うことが出来るような他者貢献のカタチはないか…。精神科疾患を持つ方にとっては、ボランティア活動程度であっても、人とのコミュニケーションがネックになってなかなか難しい。まず外に出ることが難しい人もたくさんいる。ある程度お金がある人なら、支援団体に寄付することで、家にいながらにして、「誰かに貢献した!」と、少しは自己肯定感を上げることが出来るかもしれない。でも、どちらかと言うとお金がない人のほうが多くて、「他人に寄付するくらいなら、自分が支援してほしいよ」と思う人のほうが多いかも。
ちなみに私が応援するひとり親支援団体の場合は、一家庭を継続支援する場合は、月に1000円からで、継続支援でなく単発だと最低3000円からになる。気が向いたときに100円寄付くらいで、ちょっといいことした気分になれるほど甘くはないのである。
いや、まてよ…。100円で寄付、できるやん!
Youtubeにはたしか投げ銭機能があり、100円から寄付が可能だ。私も一応かなり弱小だがYoutubeのチャンネルを運営してはいる。しかしその機能を使うには収益化の条件を満たしていないとだめで、これまで収益化のことなど考えたこともなかったのだけど、今回確認してみたところ…

あら?チャンネル登録者数って以前は1000人が条件だったよね。500人になってる!
Youtuberの皆さん、チャンスですよ!追い風が吹いてるよ!
もう一つの関門、「公開動画の総再生時間」が3000時間。今のところ私の動画は1344時間。平均3分の動画にざっくりと見積もって100人が見に来てくれているとすれば、毎日投稿すれば1年たたずに収益化できるだろう。
晴れて収益化と相成った暁には、youtube用に別の通帳を作り、そこで得た収益を定期的にコミュニティ欄で公表する。もちろん収益化したとて私の弱小チャンネルでは月数十円が関の山だろう。目的は「人助けをしたい、社会貢献をしたい、でも月1000円以上なんてちょっとハードルが高い…」という方々に、ピアノ動画への投げ銭という形で、気が向いたときに気軽に100円を投げてもらって、それが3000円貯まった時点でひとり親の食料支援団体に寄付をする、というもの。
昔は一億総中流と言われた日本も、今はかなり生活が苦しくなっている。誰かを助けたくても明日は我が身…
そういう人でも、例えば1か月に1回くらいなら100円寄付してみようか、と思えるかもしれない。たかが100円、されどその100円の向こうで、誰かがお腹を満たすことができる。支援される側で、自分なんか「社会のお荷物」で、生きる価値なんかないと思っている人達でも、月に100円程度なら困っている人を支援できるかもしれない。100円もちょっと難しい…という方も、私の動画を見てくれたり、チャンネル登録やイイね等をして、チャンネルを応援してくれるだけでも、間接的に人助けにつながることをすることになる。
ちなみに、もう一つ私が精神科の患者さん向けにやっているYouTubeチャンネルがあり、どちらかと言うとこちらの方が収益化に近いのだけど、そちらについてはあまり成長させたくなく、今くらいのまま細々とやっていきたいのである。以前ちょっと新型ゴロニャが流行りだした頃にそれについて書いたブログがYahoo!ニュースとスマートニュースに載ってしまって、2つの病院で身バレしたことがあり、特に咎められたと言うわけではないけど、気恥ずかしいし、同業者に知られているとなんだか自由に話しづらいので、あのチャンネルはそっとそのまま運営していきたい。
YouTubeの収益化については、微々たるものであると思うけど、今後ずっとそれで得た収益は全て寄付に回そうと思っている。私にとって利益がないように見えるかもしれないが、そんな事は無い。私にとってはピアノを弾くモチベーションになり、ひとり親家庭がちょっと助かり、自分には何もできないと思っている精神疾患持ちの方々にとっても気軽な他者貢献が出来、三方よし!WIN-WIN-WIN、(フランス語で、がにょんがにょんがにょん!)なのである。
私は、自分の人生をゲームだと思ってて、昔はそれなりに波瀾万丈だったけど、最近はちょっとbonus trackのようになってきたので、自分が他人と戦うのではなく、自分も含め弱く特別な力もない私たち一人一人が、ゆるくつながることで、貧困や孤独のような大きな敵に対処していく、しかも楽しみながら…今そんなイメージを描いている。スイミー作戦なのだ!

さて、今まではここで自分のピアノYouTubeのことをあまり話してはいなかった。ピアノをまともに習ってもいない、ただの中年の趣味程度のチャンネルを紹介するのもおこがましいと思っていたからね。しかしそういうわけなので、協力してくださる奇特な方おられたら、動画聴かなくてもいいので、チャンネル登録よろしくお願いします🙏
https://youtu.be/tjk1UXj3d30?si=fimIsNVFnVGBbARK
ちなみに昨日から始めました✨
雨にちなんだ曲をすでに5曲ほどYouTubeに仕込んだので、三日坊主にはなりません👍
ではでは、よろしくおねがいします😸

仕事や学校が限界すぎて死んじゃうくらいなら聴いて!

またまたご無沙汰です。
最近、1度だけ触ってすぐに挫折したGarageBandでやっと作曲を始めたので、聴いてくれたら嬉しいなぁ。
感想等いただけたらもっと嬉しい♫
慣れてきたら「生きづらさ」をテーマに定期的に曲を作りたい。良いボケ防止の趣味ができた!
今回は不登校に悩む子供たち、それから過労死ラインをはるかに超えた残業を続けた末に自ら命を断った若い専攻医を想って作ってみました。
曲名: 鈍行列車でいこう
みんなが乗ってる快速電車から
途中で降りてしまった
月曜の午前8時
もうがんばれない…
あの日泣いたボクに
キミは教えてくれた
この世界の秘密を
集団からはみだしても
競争から降りても
ホントはね
意外とどうにかなったりするよ
鈍行列車で行こう
鈍行列車で行こう
途中で降りて深呼吸したら
優しい景色をそこで見つけた
各駅停車で行こう
各駅停車で行こう
早いことだけが良いわけないよね
ボクにはボクのペースがあるから
その次は「誹謗中傷」をテーマに曲を作ってみようと思ってます♪
ではでは♫

肉q、ついに運命の家に出逢う!?

明確なイメージを思い描くと、それを手に入れることができたりする、そのようなことがしばしば自己啓発本やスピリチュアル系の本で言われてきた。…といってもスピ系はよう知らん。引き寄せの法則とかかな?読んだことないから知らんけど。
これは確かに、イメージを明確化することで、日頃から意識的にも無意識的にもアンテナを張ることが出来るので、漠然と望むよりは実現化の可能性は上がると思う。
ということで、家の話。
私は今まで家については無頓着で、人生最初に借りた千葉の船橋のアパートは家賃13000円だった。ある時から猫を飼うようになると、猫は上下運動が好きなので、ロフトや階段付きのアパートや家に目を付けるようになった。今住んでいる神戸の家は、最寄りの駅まで徒歩15分ほど。小さな庭のある2階建てのリフォームしたての小ぎれいな一軒家。家賃35000円。うちに来た人たちには「安さが異常!事故物件じゃないの?」と言われたが、一応大島てるで検索してもうちの家は出てこなかった。隣の家の住人が耳が遠いのか、1階にいるとテレビの音が丸聴こえになってうるさいことを除けば、私にとって全く文句の付け所のない家であった。
そんな家にもかかわらず、新しい家を探した理由は大きくわけて2つある。1つはパーソナルなこと、もう1つは仕事に関連することだった。
1つ目のパーソナルなこと。それはそのうち来ると言われている南海トラフに備えるということだ。今の家は海からとても近く、ひとたび南海トラフレベルの地震が来るとなれば、どこかに避難しないといけなくなる。ところがうちには猫が3匹いる。避難に対して協力的でない猫3匹を連れて避難所に行くのは現実的ではない。その上、両隣の家との幅が狭いため、火事にでもなればひとたまりもない。なので、理想としては震災が起こっても避難をしなくてもすむところに住むということだった。ところが私は「和風」をこよなく愛する人間で、マンションに魅力を感じないんだなぁ。なので、自分のイメージとしては、海から離れた、周りを高い柵で巡らした広い庭を持つ家で、たとえ家が崩れても、いざとなれば庭にキャンプ用テントを立ててでも猫と一緒にいれるようなところ。意外とちゃんとした木造作りの古民家はそうそう簡単に壊れない作りになっているらしいので、庭の広い古民家だな。そして、今は職場まで通勤に1時間半かかるけど、もし震災があったら歩いて帰れる距離がイイな。
もう1つの理由。これは私の仕事に関すること。これ書くと長くなるから、前回のブログ参照されたし。
簡単に言えば、金銭の介在しないクリニックというかカフェ?を作って、私の思う治療のカタチを試してみたいということ。もちろん薬物療法が必要な人は、他の病院にも通って頂くけど、来てくださった悩める旅人には、基本的にはこれまで私が学んできた精神療法を適時駆使しつつも、まずできる限りスマホをオフにしてもらい、ゆっくりお話を聴きながら、畑作業を一緒にしたり、お茶を飲んだり、本を選んだり、猫と過ごしたり…。日中しっかり日の光を吸収して、大地に触れて、風を感じて。一種の作業療法だけど、マインドフルネスにもつながってる。みんな、ネットに繋がり過ぎて、知識を貪欲に求めすぎて、コンテンツを強迫的に消費して、頭でっかちになって他人と比べ過ぎて疲弊しているから、それをちょっとリセットしてほしい。大地に触れていると、あれこれ難しく考えてしまいがちだけど、結局私たちもただの生物、大地の子。いずれは大地に戻るのみ。それが体感できるともっと楽になる。そんな空間でぼちぼちと対話をしたい。
さて、そんな私の妄想じみた夢を可能にするかもしれない家をついに見つけた!職場から自転車で30分と近過ぎず遠過ぎず。

この門を入ると…

この窓が好き!縁側がある!屋根は葺き替えした方がいいかな。

枯山水🪨
…ところがだ。困ったことに、家を買うといっても、私医者だけど、あまり金ないんだな。数年前にはフランス留学してたし、その前は数年大学病院に勤めてて、実は大学病院のお給料なんて医者の高給取りのイメージからだいぶ外れてるんだよ。研修医よりも薄給だった。友人と仕事帰りに吉野家に行くくらいしか選択肢がなかった。そんなだから、稼ぎ出したのはせいぜいここ数年といったところ。それなのにだよ、私は数年前のある「やらかし」のおかげで住宅ローンを組めないんだな。
「やらかし」というのは、私、フランス留学時にビザの残高証明のためだったかな、預金の残高のほとんどをフランスの口座に移したんだけど、その後それを戻し忘れて、日本の銀行口座からクレジットの引き落としができなくなってたのに、その通知が郵便で日本の家に届いてもフランスにいたから全く気付かなくて、焦げ付かせてしまったというわけだ。なんてこった!支払い能力わりとあるはずなのに、社会的信用がゼロ!
というわけで、住宅ローンを組まずに、割賦販売とやらで家を買うことになった。これは、まず手付金に1000万、残りをその後4年で返済ということになる。恐ろしや、他の人が35年ローン組むお値段を4年でなんて、恐ろしや!やっとゴロニャ禍開けたからバリとかマレーシアとかアメリカとかドイツとかいろいろ行こうと思ってたのに、しばらく難しいかも…というわけで、4月末に契約予定!今後は楽しい節約生活を開始します!
(次回に続く…)

この1年で計画し、実行したことなどあれこれ…

(約3000文字)
約1年程、地下に潜伏しつつ?あれこれと計画し、実行してきたことがあるので、それについて、数回に分けて語ってみる。
私は今、週4の常勤医、週1の非常勤医、週1~2くらいで当直医として働いているが、数年計画で常勤を辞めようと思っている。もしかしたら非常勤も辞めて、フリーの当直医だけしようかな…と考えている。
私の勤める病院は、私に対してかなり待遇がよく、私は甘やかされていると思う。特に怖い人もおらず、給料も私のぬるい働きの割には悪くない。オヤツとお昼寝場所とお散歩がセットで付いてくる(幼稚園児か⁉︎)それなのに、こんな職場を去ろうなんて思う私はかなりのアホにちがいない。
うすうす気づいてはいたが、私は医者に向いていない。特に病院という大きな組織で働く医者となると、全く向いてないと思う。組織で働く窮屈さに耐えられない。私は、働けば働くほど、精神科医療のあり方に対して疑問が膨らんでくるのを感じていた。例えば、次のような時だ。私の勤務する病院では、3回ほど閉鎖病棟内で新型ゴロニャのクラスターが発生した。精神科の患者さんの中には、状況が理解できないでマスクもせず動き回る人たちも多いということで、作業療法はなくなり、部屋は閉ざされ、廊下の自由な行き来がほとんどできなくなり…といった患者さんにとって不自由な生活が続いた。あまりにも動き回る人には一時的に身体拘束もあった。
そこで私は提案した。この病院には大きなグラウンドがあり、今は患者さんも職員も年を取って転倒しやすくなっているからやらなくなったけど、昔はそこで運動会もしていたらしい。私はこう言った。歩ける人達は日中グラウンドで遊んで過ごしてもらえばいいじゃないですか、と。私の住んでいるところは冬でもめったに雪が降らず、今年は降ったけど、例年はそんなに寒くない。動き回る人を閉じ込めたり拘束したりするよりも、動きたい人は外で好きなだけ動かせば、外なら感染のリスクはほとんどないし、運動不足やストレスもなくなる。飛沫を恐れてカラオケもなくなり、クリスマス会の演奏会もなくなったが、外で思い切り歌えばいいではないか。外で演奏会をすればいいではないか。私は病気に対抗する一番の薬は「楽しむこと」だと思っている。
外に出るというメリットは他にもたくさんある。日光を浴びることでうつ状態が改善するし、ビタミンDも活性化し、免疫力がアップし、骨粗しょう症にも良い。それに対して、病院側の返事は、歯切れの悪いものだった。「それはちょっと難しいんじゃない…?」と。とにかく保守的なのである。
そりゃあ私は病院の責任者ではないので、何をそんなに彼らが恐れているかわからないが、結局閉鎖病棟の感染が収束したあと、5,6人の患者さんの足に血栓ができたため、血栓を溶かす薬を飲んでもらわないといけなくなった。しかし抗凝固薬には出血のリスクが伴うため、かなり慎重な使用が必要だ。私が提案したように、患者さんに外で動いてもらうと、転ぶというリスクはあるかもしれない。でも、ベッドでずっと何日も動きを制限されて安静にしてもらうと、今度は血栓ができるというリスクがあるのだ。どちらもリスクがあるのなら、私の方法でもよくないか、と思うのだけど、こうした保守的な考えは、私の病院に限らず、多くの日本の病院がそんな感じなのである。このグラウンド問題に限らず、しょっちゅう意見が合わないことがある。意見が合わないから嫌なのではなく、反対の理由が「今までそんなことはしたことがない」といったような、納得しがたいものだったりするからだ。このような組織となると「リスクをとらないことのリスク」について考えることができないのだ。
そしてこのような疑問が湧いてきても、結局日本の病院で一勤務医として働いている限り、日々の業務に忙殺され、「しょうがない…」で終わってしまうのだ。私はそれはイヤだと思ったので、あと数年、できれば5年くらいで勤務医を辞めようと思っている。フリーの医者として当直などのバイトをこなしながら、やりたいと思っていることがある。それをここで書きながら、頭の整理をしていきたい。
私がいつか独立しそうだという空気を嗅ぎ取るのか、今までに看護師、心理士(師)、事務員からそれぞれ「先生、開業するなら付いていくわ。雇って〜」と言われたことがある。でも彼らがちゃんと暮らせるだけのお給料を保証するためにはある程度保守的にならざるを得ず、そうなるとつまんなくなるので、誰も雇おうとは思っていない。
私がしようと思っているのは、金銭を介在させないカフェである。古民家のようなところをカフェにリフォームして、猫と遊びつつピアノ弾きつつ、客が静かにお茶でも飲みつつ本が読みたいのなら放っておき、話を聞いて欲しいのであれば、話を聞く。もちろんこれまでいろいろ学んできたり臨床をやってきた経験を総動員させて話を聞くのだから、ただではない。お代として…
・家にあるいらなくなった本を送ってもらう。
・絵を描くのが得意な人には絵を描いてもらい、カフェに飾る。
・畑の大根を持ってきてもらう→おでんデーとなる。
・お菓子作りが得意な人にケーキなど作ってもらい冷凍保存し、客が来た時にふるまう。
・DIYが得意な人、演奏が得意な人、パソコンが得意な人など、特技に応じていろいろとやってもらう。
・「私には何もない」という人にも、カフェの外の畑の手伝い、お掃除の手伝いなどを一緒にやってもらう。
お金を介在させたくないのは、単にお金のことを考えるのがめんどくさいのと、多くの精神障害を抱えている人はお金がないから、というのと、自己肯定感の低い人たちに色々と手伝ってもらうことで「自分が他人の役に立つことが出来る」ことを実感してほしいことくらいかな。お金を介在させないで、どうやって私が食っていくかといえば、週に2回ほどどこかの病院で当直でもやれば良い。ただ、お金を介在させないビジネスモデルを知らないので(そもそもビジネスと言うかもわからないけど)、どのように運営していくか、似たようなモデルを見つけて学ぶ必要がありそうだ。
公認心理師という国家資格ができたときに「これで日本の精神医療も少しは変わるか」と期待をしたのだけど、実際にはほとんど何も変わらなかった。相変わらず日本の心理師は独立開業をするわけでもなく医者が依頼する心理テストがメインの仕事となっている。本来1番カウンセリングが得意なはずの心理士がそれをやる時間の余裕がなく、代わりに民間の怪しげな資格を取ったエセカウンセラーたちが、悩める人たちの話を1時間2万円で聴くなど、ぼったくりの無法地帯が乱立している。本当に継続的なカウンセリングが必要な人たちが、お金がなくてカウンセリングを得ることができないのだ。
だから私は、お金がなくても継続的なカウンセリングが得られる場所を作りたいと思った。とは言え、今の私では薄っぺらいので、私というコンテンツを充実させるために、もう一度大学に入り、哲学や文化人類学、宗教学など勉強したいと思っている。どこで勉強するかと言えば、やはり授業料の安さから考えてもフランスだろう。と言うわけで久々にフランス語を真面目に勉強し始めたのである。
そして、今ジャズを勉強しているのは、ジャズピアノが流れるカフェにしたいから。
沢山の本と、ピアノと、猫がいるカフェって理想♫
(つづく)
お久しぶりの肉qです!

かなりご無沙汰しておりましたが、私のことを覚えてらっしゃる人ってまだおられるのかな?はてなブログをやめるつもりは全くないのだけど、引きこもって活動している場所の居心地が思いのほか快適だったため、こたつから抜け出せない猫のようになっておりました。そんな折、ta-san papaから『はてなブログで書いてください』とメッセージを頂いたので、たぶん私を覚えているの2,3人だと思いますが、一人でもそんな方がおられるのなら…と、のこのこ戻ってきた次第です。
その間、自分の中で温めていたプロジェクトが割と進んだので、進捗状況の報告などもおいおいしていこうと思っておりますが、今日のところは、とりあえずご挨拶まで…。
追伸
職場から比較的近い場所に、古民家を買いました!庭で畑も出来そうだけど、今のところは密林と化してます!

ではまた。
肉q、ハテナやめないってよ。(ナンダヨ、カマッテチャンカヨ)

新しい遊び場に来て、10日が過ぎた。
新しい遊び場は、まぁ楽しいし、セキュリティのしっかりしている閉じた場所なので安心感はある。でも、私の事をある程度知ってくれているという前提で書くブログと、まっさらな状態から書くブログとは労力が違うので、ちょっと疲れるよなぁ。
今は忙しいといっても、いつかはゴロニャ騒動も収まる。そうすればもうちょっと時間もできるし、さらに何年後かわからないけど仕事を辞めればさらに時間ができる。そう思えば、辞めずに細く長く続けるというのもありだなと思う。
何より、今までこの場所で自分が考えてきたことに対して、たくさんご意見やアドバイスをいただいた。そのご恩を忘れてはいけない。私の今後の活動の構想は、はてなのブロ友の皆さんの意見なしには成り立たなかっただろう。皆様ありがとうございます。
しばらくあまり頻繁にブログを拝見することができないかもしれないけど、細く長く続けようと思うので、今後ともお付き合いよろしくお願いします。
そして、ゴロニャが落ち着いたら、会える人には会いたいなと思う。オフ会、来年あたり実現できたらいいなぁ。以前会った人も、まだ会ったことない人もね。以前会った人、私あれからめっちゃ痩せたからね!以前の記憶はリセットしてね笑笑
なんでも本音でぶつかればよいという問題ではないよ、というお話。
— 肉q (@Nickq1121) 2022年8月12日
【危険患者?】暴力患者が保護室から出るとき https://t.co/Tbj06UA4JL @YouTubeより
ではまた。
