閉鎖病棟の恋

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春になり、色とりどりな花が咲き乱れ、ウキウキする季節が到来した。そんな雰囲気の中で、私の担当患者Aさんの心にも花が咲いた。

 

Aさんは60代前半の女性。普段はあまりフェミニンな感じではなく、ショートカットで、恋愛ドラマよりもスポーツ観戦が好きな統合失調症の患者さんだ。20ほど歳下の男性Bさんに恋をしてしまったようだ。Bさんは、優しそうな顔をした爽やかイケメンで、少し話したくらいでは精神科の病気を患っているようには感じられない。

 

Aさんは、Bさんがデイルームに行けばデイルームに、OT室にいけばOT室に、中庭に行けば中庭について行くという、わかりやすい行動で、すっかり恋する乙女になっていた。しかしただの恋する乙女ではなく、長年精神科病院で過ごしたことからあまり恋愛経験がなく、好きな相手に対する適切な距離感というものをこれまで学んでこなかったため、側から見るとまるでストーカーのようになってしまっていた。Bさんに女性看護師が近付いただけで、看護師を睨みつけるくらいののめり込みようであった。

 

こういう時、普通の若い男性なら、そんなにべったりされたら、ちょっと嫌な顔をしてしまったり、そっけなく対応したり、『◯◯さんたちとトランプする約束してるから…』とかなんとかいって、さりげなくふたりきりになるのを避けるような気もするが、Bさんは、中庭にひとりでぼんやり座っているときにAさんがやってきて、隣に座り、話しかけても優しく相手をしているので、遠目には2人がカップルのように見える。

 

これをゆゆしき事態とみた看護側から報告を受けた。Aさんは「両思いかもしれない!」とキュンキュンしているらしい。別に相手が20歳歳下だろうと、彼女がすでに還暦を過ぎていようと、そんなことは当人達の問題で、男性側が特に困っているのでなければ問題ではない。でも昔、患者さん同士でトイレの個室にこもって行為に及んでしまうことがあったらしく、看護側は警戒しているのだ。

 

まぁ.…これは難しい問題だよね。病気とはいえ、身体的には健康な成人男女が1つ屋根の下でずっと暮らしてるんだし、退院が前提としてあれば、それまでは我慢しよう、となるだろうけど、慢性期の閉鎖病棟では、退院したくても居場所がなかったり退院したくなかったりする人達が、「療養」というよりは「生活」をしているのだから、双方が対等で合意があるのなら、気持ちはわからんでもない。でも、トイレは他の人が使う時に迷惑するからね。

 

しかし、そんなことよりも、この恋愛については、あまり手放しに応援できない理由があった。Aさんの統合失調症の症状は現在落ち着いており、薬はごく少量の維持量ですんでいる。統合失調症の病態生理はドーパミンが不均衡に分泌されているということが一因となっているが、恋愛の興奮でもドーパミンが大量に分泌されることがある。つまり今、どうにか少量の内服でうまくコントロールされているドーパミンが、恋愛の刺激で暴走しかねないというリスクがあるのだ。

 

Bさんは、もちろんAさんの好意に気付いていた。Bさん自身はAさんについて、「特になんとも思ってません」とニコニコしている。何とも思っていないのなら、Aさんに期待を持たせないよう、それとなく2人きりになるのを避けたり、その気がないという態度を示してくれないか。あなたにその気がないのなら、思わせぶりにしないのが優しさだよ、とBさんに伝えた。

 

こんな、人の恋路に干渉するようなこと、本当はしたくないんんだけどね...。

でも、キュンキュンできるAさんを、うらやましいとも思ってしまう。非恋愛体質の私であった。

 

今日の動画

 

ではまた。

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