あの人は今…

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以前のブログに「臆病なライオン」というタイトルの記事を書いたことを覚えていらっしゃる人がいるだろうか。

 

簡単に話すと、私の勤めるB病院に、10年以上も隔離されている男性、J君がいた。たいていの隔離患者さんは、開放観察時間が設けられ、その時間はデイルームやOT(作業療法)に行ったりして読書をしたり音楽を聴いたり運動したり作業したりして過ごすのだけど、J君の場合は、突発的な暴力が出るため、入浴時と母親との面会時を除いては、ずっと隔離室に入っていた。

 

そんな前評判を聞いていた私は、J君、どんな人だろう…? 檻の中でウロウロしている獰猛なライオンのような男を思い浮かべていた。

 

そんな危険な彼なので、主治医はこれまで男性に限られていたが、私の猛獣使いの能力を買われたのか、主治医になることになった。

 

果たして、会ってみると彼はひょろりと痩せた男性だった。

 

その後、男性との信頼関係をある程度作った私は、「コレはいける!」と思って、渋る同僚や看護師を説得して、彼に開放観察時間を作ることにした。

 

ところが、長年隔離室に入りすぎていたJ君、外を怖がりなかなか出たがらない。話し合いを重ねて、やっとのことでたった5分間の開放観察時間が実現したのは去年の11月だった。

 

他のスタッフの懸念をよそに、あれからほぼ11ヶ月、彼は暴力どころか暴言の1つも吐いていない。開放観察時間は徐々に伸び、今は午後は私がそばにいなくても、のびのびとOT室で過ごすことができている。とはいえ相変わらず、OT室の行き帰りには私の付き添いを必要とするのだけど。笑

 

今年の4月は、10年以上ぶりに花見に参加して、桜の下で笑顔の写真を撮り、それを見た母親が涙した。

 

そして先週。

彼は何年も伸ばしっぱなしだったボサボサの髪をきちんとカットしてもらった。

 

「どうかな?」

「どこのイケメンさんかと思ったわ!これでヒゲも剃れば完璧やね」

 

翌日はヒゲも剃っていた。

最近は服も、1日中何日も来ていたパジャマと兼用のスエットから、清潔なTシャツを着るようになっていた。

 

「背筋も伸ばしたらもっといいよ」

「こう?」

「そうそう」

 

OT室では、他の男性患者さんと談笑するような姿も見られるようになった。

 

前からいる看護師さんが、「信じられない…薬を調整したんですか?」と尋ねる。

 

実は何もしていない。

話をしていただけ。

 

彼は私を信頼してくれ、そして彼は私に信頼されたかったから頑張ったんだと思う。

 

来月、彼は母親と2人で院外外出をする。

 

ここまで来たぁぁ!っしゃあ!

 

今日のピアノ



ではまた。

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